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市報きよせ 連載コラム「清瀬と結核」
イベント・講座
公開日|2025/10/25
第1話 清瀬市史 結核療養編 刊行決定!(令和4年4月1日号)
市史編さん事業を進めるにあたり、清瀬が結核と向き合ってきた歴史については、時代ごとの資料編とは別としてまとめるべき、との清瀬市史編さん委員会の意見により、令和9年度をめどに「結核療養編」を刊行することとなりました。
このようななか、清瀬と結核の関わりについて、「市報きよせ」でも改めてお知らせしていこうと「清瀬と結核」のコーナーを設けました。市史編さん室が担当し、これまでの調査で分かったことや収集した資料などをご紹介していきます。
新型コロナウイルスの出現によって、「感染症」という言葉が身近になりました。結核も、空気感染により広まる感染症です。
ローベルト・コッホがこの病気は結核菌によるものであると発表したのは1882年のことですが、結核という病気自体はずっと古くからあり、エジプトのミイラにも結核による病変のあとが見られます。
結核は、日本では主に明治期以降、都市化と工業化の進行に伴ってまん延し、「国民病」とも呼ばれました。戦後、治療に有用な薬が国内に導入されるまで、結核は長く不治の病と言われ、実際、亡くなる人も多く、昭和25年まで死亡率の最も高い病気でした。
このような結核と清瀬が、これまでどのように関わってきたのか、次号からゆっくりご紹介していきます。
写真:清瀬で最初にできた清瀬病院の記念碑(中央公園内)