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市報きよせ 連載コラム「清瀬と結核」
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公開日|2025/10/25
第6話 府立静和園(令和4年11月1日号)
東京府立静和園は、昭和9年に開かれた結核軽快患者施設でした。
結核は慢性の感染症で、昭和初期においてはまだ薬もなく、不治の病と言われていました。そのため、感染を恐れて結核患者を敬遠する空気がありました。こうした状況下では、幸いにして回復し退院できても、就職も住居探しも難しいことが多く、社会復帰は容易ではありませんでした。
静和園は、こうした軽快患者を受け入れる施設でした。入園者は医師の目が届くところで経過観察を受けながら、農園芸や工芸などの軽作業で体力をつけ、職業教育も受けて社会復帰に臨んだのです。清瀬病院に就職した人も少なからずいました。
静和園での作業療法は、隣接する清瀬病院の協力で医学的見地に基づき行われました。静和園は、結核軽快患者の作業療法施設としては国内最初の公立施設であり、清瀬は日本の作業療法発祥の地ということができます。
ところが戦争が激しくなり、徴用などで退園する人が相次いだ結果、静和園は終戦を待たず閉じられてしまいました。
残された建物は、昭和20年に空襲で焼け出された都立深川産院の一時移転先となり、また、その後昭和23年には都立清瀬小児結核保養所開設の舞台となりました。
すなわち、都立清瀬小児病院の前身は、元静和園の建物で産声をあげたのでした。
図版 :『東京府立清瀬病院年報 第八』掲載の病院配置図に見る「静和園敷地」の文字
https://www.dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1046211
(境界線・文字の囲みを加筆)