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市報きよせ 連載コラム「清瀬と結核」
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公開日|2025/10/25
第7話 信愛病院(令和5年1月1日号)
信愛病院は、キリスト教プロテスタントの信者有志により開設された病院です。
清瀬で事業を始めるまえに、信愛会は世田谷で困窮結核患者のためのホームを経営していました。これが昭和12年に清瀬に移転し、信愛会秋津保養農園となります。
病院化をめざす信愛会は、同じ信仰のもと困窮結核患者救護のために千葉県の犬吠埼に休養所を開いていた報恩会と合併し、昭和16年に清瀬の地に結核専門の報恩会信愛病院を開設したのです。
所在地はベトレヘムの園、東星学園と隣り合う現在地ですが、当時の地名は東京府北多摩郡清瀬村野火止といいました。
病院開設認可時には病床数20床でしたが、増築と、南秋津の分院開設により昭和19年には82床となりました。東京市、のちに東京都の委託施設となって結核患者を受け入れていました。
戦後に財団法人信愛報恩会と名称を変更し病棟増築を重ね、昭和30年には病床数239床に達しています。明電舎ほか企業の健康保険組合や日本銀行、早稲田大学教職員組合とも病床契約を交わし、受入れ病床を確保していました。
秋津保養農園、信愛病院の開設に尽力し、長く病院経営に携わった長澤正氏は、昭和26年から7期28年にわたり清瀬の村・町議会議員としても活躍しました。
写真:開院当時の信愛病院玄関(昭和16年)
(信愛報恩会提供)