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市報きよせ 連載コラム「清瀬と結核」
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公開日|2025/10/25
第9話 傷痍軍人東京療養所(令和5年3月1日号)
現在の東京病院と日本社会事業大学を併せた広大な敷地に、昭和14年11月、傷痍軍人東京療養所が開かれました。傷痍軍人とは、戦争で負傷したり病気になった軍人のことです。東京療養所は、傷痍軍人援護機関として発足した傷兵保護院(のちに軍事保護院)が設置した傷痍軍人結核療養所の一つで、陸海軍病院から転送される結核患者を収容しました。
結核は、軍にとって部隊の戦力に影響する課題でした。感染を広げないよう衛生組織が患者を発見すると陸海軍病院に送り、病院は結核患者があふれんばかりでした。十分に治癒しないままの帰郷は当人の再発を招くばかりでなく、結核まん延の源となる恐れがあるため、傷痍軍人結核療養所を設置し受け入れる必要があったのです。
当時、他の公私立の療養所では入院までに時間を経たゆえの重症患者が多かったのに比べ、傷痍軍人結核療養所は規模も大きく比較的早期に発見され治癒の見込める患者が相当数を占めていたので、治療法の効果検討・研究を可能にしました。東京療養所では特に、胸部外科領域で功績をあげました。
療養所の生活は厳しい規律のもとに営まれました。早くよくなり再び国のために働けるようにと建てられた「再起奉公」の石碑は、外気者記念館脇にあり、当時を今に伝えています。
終戦の年、昭和20年12月、厚生省(当時)に移管され、名称も国立東京療養所と改められました。
図:傷痍軍人東京療養所病棟配置図
(国立病院機構東京病院提供)